地域レポート【第30弾】
「かぶら」と「東国文化」

かぶら・ぶらぶら街道周辺の特産品や話題等を「地域レポート」として不定期に紹介しています。

 今回は、ちょっと歴史好きの方向きのお話。
 古墳時代から平安時代にかけて、現在の関東地方で栄えた文化を「東国文化」といい、群馬は、東国文化のふるさとといわれています。そして実は、「かぶら」という名前と「東国文化」には、深いつながりがあります。一説には、東国文化の栄えた時代、大陸諸国からやってきた渡来人がこの地域に多く住んでいたことから、「加羅(から)」が「甘楽(かんら)」・「鏑(かぶら)」に変化し、この地域を指す言葉として使われるようになったと言われています。
 そこで、今回はかぶら地域の代表的な古墳や遺跡をご紹介したいと思います。
(取材日:平成30年10月28日)

群馬県指定史跡 笹森古墳

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初めにご紹介するのが、甘楽町福島にある笹森古墳。
笹森?神社でしょ?というのが、多くの地元の人の印象なのですが、ここ、実は古墳です。
古墳の上に稲荷神社が建てられたものです。

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山門をくぐると、天井に龍の絵が見えます。 

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稲荷神社らしく、狐がたくさん飾られています。 

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さて、古墳らしいところを見てみましょう。
これは神社の東側から撮った写真なのですが、少しこんもりした丘になっていることが分かりますか?
実はこれが、かぶら地域最大の前方後円墳!
6世紀後半の築造と推定されています。
群馬県指定史跡です。

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正面から入り、山門を抜けたところを社殿に向かう階段を上がらずに右へ進むと、石室の入口があります。
入口の前には、鳥居が立てられています。
毎年3月の第2土曜日・日曜日に開かれる笹森稲荷神社例大祭の時に、普段は封鎖されているこの扉が開けられ、内部に入って見学することができるそうです。

国指定史跡 中高瀬観音山遺跡

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次にご紹介するのが、富岡市中高瀬にある中高瀬観音山遺跡です。
こちらは、国指定史跡。
発見された当時は、佐賀県の吉野ヶ里遺跡との比較で「東の吉野ヶ里」とも呼ばれました。これは、高い場所に作られ、塀にかこまれていた村であったためです。
中高瀬観音山遺跡の発見により、卑弥呼時代の動乱の影響が関東地方にまで及んでいたことが初めて分かったのだそうです。大発見だったんですね。

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この遺跡は、現在、高速道路の上にあります。
上信越自動車道建設中に発見されたのですが、遺跡を残すことを望んだ周辺住民の方々の希望により、高速道路はトンネルを掘って遺跡の下をとおることになりました。

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高いところにあるので、遠くの山々やかぶら地域の町がよく見渡せます。

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富岡市では、中高瀬観音山遺跡周辺を歴史公園として整備する計画があるそうです。
完成はまだまだ先のことと思いますが、どんな公園になるのか楽しみですね。

市指定史跡 北山茶臼山古墳

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さて、次にご紹介するのは、中高瀬観音山遺跡からも近い、富岡市南後箇にある北山茶臼山古墳です。
こちらは、市指定史跡です。
北山という山の山頂付近にあります。
ここのすごいところは、「三角縁神獣鏡」が出土したというところ。
「三角縁神獣鏡」とは、大陸諸国との交流を示す貴重な出土品ということで、歴史の教科書に必ず出てくるあの鏡です。群馬を中心に関東地方にも古墳は数有れど、関東でまだ18例しか出土されていないうちの一つがここから見つかったそうです。
北山茶臼山古墳の築造は古く、4世紀ごろと推定されています。西毛地域における最古級の古墳です。

市指定史跡 堂山稲荷古墳

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さて、次の古墳は、富岡市一ノ宮にある市指定史跡の堂山稲荷古墳です。
周辺には、かつては20基近い古墳があり、一ノ宮古墳群となっていたそうです。
堂山稲荷古墳は、その中でも規模が大きく、古墳群の中でも中心的な存在だったようです。

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現在は、頂上に大きな木が生え、堂山稲荷の祠が建っています。
この古墳は、上信電鉄の線路脇にあり、電車利用の方は、上州一ノ宮駅から徒歩で、自動車利用の方は、群馬県富岡合同庁舎の駐車場をご利用いただければ見学可能な、とても訪れやすい古墳です。

市指定史跡 一ノ宮4号古墳

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最後にご紹介するのは、堂山稲荷古墳のすぐそばにある一ノ宮4号古墳です。
こちらも市指定史跡になっています。

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こちらの古墳、ちょっと変わっているのが、群馬県富岡合同庁舎の敷地内にあること。庁舎はぐるっと古墳を取り囲むような形で立てられています。
庁舎の開庁時間内であれば、見学は自由です。

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1階ホールには、一ノ宮4号古墳の復元模型や埴輪などの出土品も展示されています。

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かぶら地域の観光に役立つパンフレットも御用意してあります。
お立ち寄りの際は、富岡行政県税事務所総務振興係へお声かけください。

鏑川(かぶらがわ)

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古墳ではありませんが、この写真は、群馬県富岡合同庁舎近くの和合橋から見た鏑川(かぶらがわ)です。
鏑川は、下仁田町と長野県佐久市との境にある物見山の水源から南東に流れ、下仁田町の市街地付近で南牧川を合わせ東へ流れています。
かぶら地域の多くの学校の校歌にも唱われています。
東国文化が栄えた時代から、現代に至るまで、かぶら地域の人々に親しまれている川です。

古墳を探訪するのに、最も適した時期は、下草が枯れて微妙な地形の変化が分かり、ハチやヘビなどの活動も鈍くなる晩秋から初春とのこと。
まずは、笹森古墳や一ノ宮4号古墳など気軽に行けるところから、かぶら地域の東国文化を味わってみてはいかがでしょうか。

この記事を書くにあたっては、次の2つの本を参考にしました。
・「東国文化副読本~古代ぐんまを探検しよう~」 発行/群馬県文化振興課  
・「ぐんま古墳探訪」 発行/群馬県教育委員会文化財保護課